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  地恩(世界観)

天之御中主神の御神徳(宇宙法則、自然現象)は地球上でみる限り二元的(陰陽)な分化活動となり、色々な物を産み出す働きとなって、われわれの目の前に現れている。その陰陽の働きを古事記では高皇産霊神、神皇産霊神と申している。花にたとえれば、それは雄しべであり雌しべであって、実を作る営みである。実は温度と水分という発芽への条件を得て芽ばえてゆく、それは自然の法則であって、その法則が胚芽に生命を与える。この法則と実を作るしくみとの関係を天之御中主神と高皇産霊神、神皇産霊神の関係だと考えてみる。
このようにして、天之御中主神のお働きは陰陽二神の神に分化して活動なさるものだ、と、信仰しているのが大教の教えであります。
したがって山川草木にしましても、米麦にしましても、又人類を始め動物の生育にしましても、この三神(造化三神と申している。)の神徳(法則・機能)を頂だかなければ存在することはできない。
このように地上の現象はことごとく産霊二柱のお働きによって生ずると考えるとき、神意(法則・機能)に順応する生活をすることによって、人間能力の最高を発揮することができると考えられる。
神は人間に精巧な頭脳を作り知恵をお与えになった。その機能は何億の細胞がひとつの乱れもなく活動するという精密なものだ。しかし、この頭脳にも一定の法則が働いている。幼年期から青年期にかけては記憶力が発達し、壮年期から老年期にかけては判断力、推理力が増大する。それぞれの能力が発達するからといって、青少年期に基礎的な学習を怠り、壮老年期に頭脳を遊ばせてしまったならば、機能は半減する。それは頭脳に与える努力という刺激の法則を怠っているからである。
与えられた身体を神秘なるものとして扱うことが、神への順応の心である。人間社会には反目とか、対立とか、色々の闘争、葛藤などがあり、又弱肉強食の生存競争がおこなわれ、神のお造りになったものとしては、余りにも醜いように思われるが、これは又神の真理で、善悪、美醜、幸不幸は陰陽の神のお働きであって、それらの現象を人間が客観的に判断してみずからの取る道を決めるのであります。そこに繁栄と没落が生れてくる。人間が進歩向上するも退歩滅亡するも御神意(法則・機能)のままであるが、われわれ人間としては、善なるもの、美なるもの、幸なるものへ望みをかけて努力しなければならない。何故なれば人間本来は不幸と退歩を快適な生活とするものではないからであります。
以上、地上における神様のお働きを神道大教では地恩と称えて尊び、その法則、機能を摂理と考え、摂理の中に生かされている実相をみきわめて生活することを教えております。
古来神道では、万神は一神に帰すると教えられております。これは上記の解説で、その理念がお解りかと思いますが、つまりは天之御中主神の御神徳(宇宙統営の法則)に依って高皇産霊神、神皇産霊神(陰陽の機能)が生じ地球上の一切の現象が存在した。従って、山川草木であらうと、動物であろうと、同じ神によって産み出されたものだと見る。又山の神とか、水の神とか、火の神とか申しているのも、山の機能そのものを、又水の機能そのものを神格化して尊んでいるのであって、これを自然神と申し上げている。この神々(機能)はすべて陰陽の神によって産れたものと見るが故に、一切は宇宙統営の法則である天之御中主神の分身であるとも見ることができる。この原理が万神一神の理論となります。更に日本神道の特長のひとつは死んだ人間を神に祀ることであります。これは人間においてもその初源は陰陽の神のみはかリで産まれたものでありましょうからこれも一分身であると考えなければなりません。このようにして神道には多勢の神様が出ていらっしゃいますが、すべてその根本は天之御中主神に帰すると信仰いたすのであります。
 
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